エピソード0

今でない時、ここでないどこかに、ボカロたちの住むボカロの国がありました。
そこはミク姫を頂いて、毎日を歌ったり踊ったり平和に暮らしておりました。
今日はミク姫(モデル:キオ式ドレスミク)の誕生日です。住人たちはミク姫を喜ばそうと、御前でとっておきのショーを繰り広げます。隣のUTAU国からもテト大使(モデル:重音テト)がやってきて口上を述べたりしています。
そんな中、旅人を名乗る冴えない容姿の中年男性(モデル:ヨーデルおじさん)がどこからともなく現れて、飛び入りで歌を披露します。それはただのヨーデルでしたが、なんとも素晴らしい技術と声量と情熱で、それまでのショーが霞んでしまうような迫力でした。
ミク姫もこれには驚き、その旅人に褒美を取らすと口にしてしまいました。
ミク姫の前に跪いた旅人は、頭を上げると「では、ミク姫。あなた自身をいただこう」と不敵に笑うと、その正体を現しました。旅人の形は変わらないものの、その五体は鋼に変わっていました。(モデル:キングヨーデル
旅人は呆気に取られる人々を尻目に、マントを一振り、ミク姫をさっと隠すと、たちまち空高く舞い上がりどこかへ消えてしまいました。
最初に立ち直ったのは、王国最高相談役メイコ(モデル:MEIKO)でした。メイコは宮廷の魔女たちを叱咤すると、使い魔たちを出して追わせるように命じました。
それに応えた三人の魔女はルカ、リリィ、リン。三人はそれぞれの使い魔(モデル:たこルカ、ハリィ、リンの幼虫)を大量に召喚し、海を、空を、大地を駆けさせ、ミク姫の行方を追わせました。
三日後、ハリィの一体がクリプトン山の頂上付近にキングヨーデルとぐったりしたミク姫の姿をみつけました。その報告を聞いて、メイコは軍隊を編成し、翌日には出発したのです。

閑話休題
ハリィがミク姫を見つけた直後のUTAU国では、UTAU全員での会議が開催されていました。
議長はUTAU最長老唄音ウタ(モデル:デフォ子)で、テト大使にボカロ国の様子を語ってもらっていました。
「……と言う訳で、メイコは軍隊でヨーデルをぶっちめるつもりなんだお」
テトがそう締めくくると、デフォ子はテトに礼を言って座らせました。UTAUの良心桃音モモがお疲れ様とお茶を出します。
「まあ、そんな訳でだ。ボカロ国は友好国なので、そこが軍隊を出すともなれば、何もしない訳にもいかない。たとえ後方でのんべんだらりとするだけだったとしても、形だけでもこれに協力するべきだと思う。誰が行くかはともかく、これに反対はいるかな?」
UTAUたちは顔を見合わせましたが、特に反対する者はいませんでした。UTAUたちもボカロと同じ歌と踊りが大好きで、戦うことは得意ではないのです。
「諸君、賛成ありがとう。なに、心配しなくていい。本当に形だけさ。メンバーは、そうだな……ボクと、モモと、悠歌ゆらぎ、軍歌マチ、君たちに決めた」
ゆらぎはええっと小さな叫びをあげました。マチはUTAUの中では数少ない軍人上がりだったので、特に動じた様子はありませんでした。
「テト、悪いけど、今から言ってボクたちが合流することを伝えておいてくれ。ボクたちは朝を待って出立し、途中で軍隊に合流する予定だと」
テトは不機嫌な顔で了承しました。
「わかったお。……寝不足は美容の大敵なんだお。そこは理解してくれお」
「三十路になると大変だな。では、特別議会は閉会。諸君は解散してくれ。さて、メンバーは明朝0700関所を出発だ。それまでにフルバックアップを怠らないように。モモ、バスターモードのボディの起動を頼む。ボクもライオットモードで行くよ。マチ、使えそうなものは何でも持ってきてくれ。細かい判断はまかせる」
「了解しました、最長老殿」
そしてデフォ子は秘密回線でマチに伝えました。
(矢面にはボクとモモが立つ。マチはゆらぎのお守りをしててくれ)
(よろしいのですか?)
(本気を出すならモモだけで充分だろ)
回線を切ると、マチはまだあわあわしているゆらぎを連れて会場を辞去しました。それからデフォ子は妹の唄音オトを呼びました。
「なあに、姉さん」
「まあ、フルバックアップがあるから大丈夫だとは思うんだが……それでももしボクになんかあった場合は、後はよろしくな」
そんなこともあって、メイコの軍隊にはUTAUたちが一匹と四体、参戦していたのです。

やがて軍隊はクリプトン山頂に到着し、儀式を行うキングヨーデルを取り囲みました。相手は不意を打ったとは言え、あのミク姫を瞬時に連れ去った手練です。うかつなことはできません。
包囲が完了したのを確認して、メイコが前に出て大音声で口上を述べ、ミク姫を速やかに返すように呼ばわります。
儀式の手を休めたキングヨーデルは、苦笑して、慇懃無礼な皮肉を絡めて穏やかかつ断固として拒否します。
交渉は決裂です。メイコはキングヨーデルを取り囲む三軍の長、がくぽ、カイト、レンに合図をします。それを受けて三人は軍の先頭に立ち、突撃を開始しました。
途端、儀式は完成、強烈な光に三軍は目を奪われ足を止めてしまいます。その強烈な光の中、目を閉じずにいられた数人の者だけが、何が起こったのかを説明することができました。
キングヨーデルが際立って大きく詠唱歌の最後の一小節を歌うと、ミク姫の体は震え、一瞬後にいくつもの宝石となって飛び散ったのです。そのうちの三つは、何の偶然かそれぞれ三軍の将の胸に飛び込んでいきました。
皆が視力を取り戻すと、そこにはキングヨーデルただ一人が、からの儀式台の前でふてぶてしく笑っているだけでした。メイコは激昂し、どこからか取り出した調理器具をキングヨーデルに投げつけましたが、ヨーデルはそれが当たる前に霞のように消えてしまいました。
後に残された軍勢は、相手がいなくなったことでしばし放心していましたが、空に雷が走ると我を取り戻して武器を構え、天を仰ぎました。
雷はしばし鳴り響き、空に裂け目が開きました。その裂け目は瞳のようで、その向こうは真っ暗な空間で、あちこちに同じような瞳が浮かんでいるようでした。
そしてそこから出てきたのは、それぞれ楽器を携えた三人の少女(モデル:プリズムリバー三姉妹)でした。
宙を浮いたまま、三少女は軍隊を見回して状況を理解したようです。そしてメイコに向くと(どうして彼女がこの場で最も偉いことがわかったのでしょうね?)、自己紹介をしました。
「ボクたちはプリズムリバー四姉妹。ケーニッヒヨーデルを追って幻想郷からやってきた。ミク姫は既に奪われたとすると、事態は最悪の方向に進んでいるようだ。しかしまだ底を打ってはいない。まずはこれ以上悪くならないようにしようと思う。――ミク姫の縁者の方々、申し訳ないが、ミク姫の捜索をしないようにお願いする。納得はいかないだろうが、その場合は実力でお相手しよう」
そうして三少女は楽器を構え、狂喜と憂鬱の入り混じった演奏を始めました。
一般の兵たちはその音色を聞いて、あっと言う間に武器を手放し、バタバタと倒れていきました。ある者は泣きながら高笑いし、ある者はニヤニヤと引きこもりました。
そんな中、影響を受けなかったのは三将軍でした。胸の中の光が、三少女の音色を寄せ付けないのです。
「ボクたちの音色が効かない!?」
プリズムリバーを名乗る三少女は、ほどなくして捕まってしまいました。
メイコの前に引きずり出された三少女は、その憤怒相に恐れを抱き、観念して知りうることの全てを話しました。
「ケーニッヒヨーデルは、これまでに類を見ないほどに強力なボイスマンサー(歌声術士)だ」
「あいつはふらりと幻想郷にやってきて、ボクたちの大切にしているものを奪ってしまった。だから、ボクたちはヨーデルを追っている」
「幻想郷であいつの計画を聞いた時、ボクたちは本気にしなかった。けど、今ならヨーデルが本気の本気だと言うことがわかる」
「どんな計画かって? 世界征服だって。それも一つの世界じゃなく、多次元宇宙全体のだ。神々だって笑うような計画さ」
「いくらその気になれば世界を一つ滅ぼせるほどのボイスマンサーと言え、世界征服なんて簡単にはできない。けれど、同じくらいの実力を持ち、絶対服従のボイスマンサーが何十人もいたらどうだろう」
「そう。ミク姫は目をつけられたのさ。今、ミク姫はたくさんの欠片になって多次元宇宙全体にばら撒かれた。それぞれの欠片は、それぞれのたどり着いた世界で活動を始めるだろう。そこで、歌姫としての本性に従い、それぞれがヨーデルに匹敵するボイスマンサーとして開花するだろう」
「君たちは欠片を取り戻そうとするだろう。ミク姫を再びこの世界に呼び出すためには、全ての欠片が必要だからだ。しかし、そうやって集めたところで、恐らくミク姫にはヨーデルの支配魔法がかかっているだろう」
「そう、ボクたちが考えていたのは、ミク姫を見捨てると言う選択肢だ。とても君たちにはできそうにない選択肢を、ボクたちがかわりに選択しようと思ったんだけど、失敗だったみたいだね」
聞いている内に、メイコは落ち着きを取り戻しました。話を聞いていた魔女たちに意見を求めます。それに対してルカがこたえます。
「ケーニッヒヨーデルは私達にミク姫の欠片を集めさせるつもりのようですね。三将軍の胸に欠片が埋まったのもその証拠です。欠片は欠片同士引き合う性質があるようです。ヨーデルはわざと残していったのでしょう」
「では、欠片を追うことは可能なのですね?」
「どれだけ時間がかかるかはわかりませんが、可能です。ただし、そこの三将軍だけがその資格を持ちます」
メイコはこれ以上邪魔をしないこと、さらに詳しい情報のために逗留することを条件にプリズムリバーたちを解放しました。
「三将軍はミク姫の欠片の探索を。他の者はヨーデルの探索を。魔女たちはそれらのバックアップを。これは賭けだ。ミク姫の欠片が全て集まるまでにヨーデルを見つけられればそれでよし、さもなければ出たとこ勝負ね」
こうして、三将軍こと、がくぽ、カイト、レンによる世界をまたがる探索の旅が始まりました。