2006-01-01から1年間の記事一覧

第二話

「こちらです」 栃村が案内した練習場兼宿舎は、ひどく山奥にあった。 民家一つない山奥なのは確かだが、道だけは六車線の立派な道路であり、近くに高速のインターもあるようだった。 道路の先には、広い敷地があったが、倉庫や工場と言った感じだ。 「我が…

第一話

1 あの時のマウンドは、今でも夢に見てうなされる。 九回裏二死満塁。絵に描いたようなギリギリの状況で、俺はマウンドに立っていた。投げれば、どうあっても決着がつく。勝つにしろ負けるにしろだ。 俺は投げた。けれど、俺の肘が壊れたのはこのタイミング…

八日目

私が家に帰った時、やはり家事は何もできていなかった。元の木阿弥と言う奴だ。あれだけ読めば少しは満足すると思うのだが……。 頭突きでリビングの照明を入れ、妻が寝そべって何を読んでいるかを確認する。読みながら妻がにやにやむふむふ笑っている。聞いた…

七日目

どうやら妻は速読家らしい。いや、薄々思っていたことではあるが。 家事は全くしなくなるものの、一日で五冊の文庫本を読破すると言うのは並大抵の速度ではないだろう。しかも、私が気付いていないだけでちゃんと間に目の休息を挟んでいたのだ。これは驚きだ…

六日目

今日は休日だったので、私は朝からリビングにいた。妻は昨日のうちに昨日の本を読み上げてしまって手持ち無沙汰だったらしく、朝食を作ってくれた。くれた? いや待て。そう言えば朝食だけは毎日妻が作っていた。その他の家事は全くできていなかったが、朝だ…

五日目

私が帰った時、家の中は何もできていなかった。手に持ったスーパーの袋の重さが、私を悲しい気分にさせた。嫌な予測ほど当たるものだ。食材を買ってきておいてよかった。 両手がふさがっていたので、肩でリビングの照明をつけると、ソファーに寝そべった妻の…

四日目

私が帰った時、家の中は何もできていなかった。もはや慣れた。 百年前からの日課のようにリビングの照明をつけると、やはり百年前からの日課のようにそこに妻がいて、読書していた。 そして、読んでいる本だけが変わっていた。 何より、作者が変わっていた。…

三日目

私が帰った時、家の中は何もできていなかった。三日連続だ。 何かを期待しつつ、リビングの照明をつけると、やはりそこに妻がいた。何か急用ができて外出したとか言うのなら、まだそっちの理由の方がよかったのだが、これまでと同じように読書をしていた。 …

二日目

私が帰った時、やっぱり家の中は何もできていなかった。 まさかと思いつつ、リビングの照明をつけると、やはりそこに妻がいた。寝食も忘れ、日が落ちたことにも気付かず、同じ姿勢で同じように本を読んでいた。ただ一つ、読んでいる本が違っていた。 「……間…

一日目

私が帰った時、家の中は何もできていなかった。 夕食は愚か、洗濯機も掃除機も私が朝出た時そのままになっていた。何か嫌な予感がして、慌ててリビングの照明を入れると、果たして妻はそこにいた。 「……何やってるんだ」 「んー、読書」 ソファーに寝そべり…