第二話

「こちらです」
 栃村が案内した練習場兼宿舎は、ひどく山奥にあった。
 民家一つない山奥なのは確かだが、道だけは六車線の立派な道路であり、近くに高速のインターもあるようだった。
 道路の先には、広い敷地があったが、倉庫や工場と言った感じだ。
「我が社の出資する工業団地からいくらか土地や建物を買いまして、それをチームで練習に使えるように改修しました。宿舎も隣接して立っています。お荷物の方は宿舎に持っていって置きますので、まずは選手たちとあってください」
「そう言えば、誰がいるのかまだ教えてもらってないな」
「先入観を持たせることになるのではと思いますので、私の一存で伏せさせていただきました。何か不都合が?」
「いや、ないが……」
「なお、今後も私がチームと本社との連絡役になりますので、よろしくお願いします」
 ちなみに車の中ですでに契約は済ませてある。だから聞いたのだが、この通りかわされてしまった。契約の時に、栃村の言ったことが微妙に気になった。
「これで契約は成立です。なお、この雇用は1年毎に更新されますが、1年に満たないうちに破棄されますと、様々なペナルティが発生しますのでご注意ください」
 そう言ってペナルティの内容を列記した部分を示したが、最初の一項目を読むだけで途中でやめる気が失せるような内容だった。
「あ、ここです」
 荷物を運転手にまかせて、俺と栃村は車から降りた。真新しい人工芝の球場の側にそれはあった。何の変哲もない事務所のようなプレハブだったが、「選手棟」と真新しい札がついている。
 ドアをあけ、靴のまま踏み込む。廊下を通り、「ミーティング室」の扉の前に立つ。
「さ、選手たちがすでに貴方をお待ちです。どうぞお入りください」
「……ああ」
 内心の緊張を隠しつつ、選手になめられないよう、俺は精一杯の威厳を繕ってからドアを開けた。
 ドアを開けた途端、室内の視線が一斉にこちらを向いた。ミーティング室の中には、20人のメイドさんが俺を待ち構えていた。

「……あ、間違えました」
 俺はドアを閉めようとした。
「なにやってんですか! ここでいいんですよ!」
「いやだってメイドさんだよメイドさん!」
「彼女たちが選手なんですから、ここでいいんですよ!」
「メイドが選手なんて聞いてないよ!」
「言ってませんよ!」
「なんで言わないんだよ!」
「それはさっきも言ったでしょう!」
「女の指導なんかしたことねーよ!」
「あ、それはご心配なく。うちの選手はみんなメイドロボですから」
 かくん、と俺の顎が落ちる音がした。
 そして気がつくと、俺はミーティング室の前で、様々な顔かたちの20人のメイドさんたちと向かい合っていた。
「……あー。俺が監督だ。以後よろしく」
 てんでばらばらに返事が返ってきた。しかしどれも耳さわりは非常にいい。こんな女の子ばっかりの空間など初めてで、俺はすっかり舞い上がっていたように思う。
 かたわらに控える栃村がにこやかに俺を促した。
「それでは、選手紹介も兼ねて、監督に一体ずつ面接をしてもらいましょう」

面接が始まった。

背番号1

「んちゃ! アラレだよ!」
 その紫の髪をした少女(型のメイドロボ)は、ひどく独創的なあいさつをした。眼鏡の黒フレームがきらりと光る。
 俺が返事をしないでいるのを見て、そいつは首を傾げて「ほよ?」とほざいた。
 俺は隣で満面の笑みを浮かべる栃村を睨みつけた。
「アホの子か?」
「それがいいと申されるお客様もいらっしゃるので」
「眼鏡をかけてる。ロボットが?」
「それがいいと申されるお客様もいらっしゃるので」
「役に立つのか?」
「それはもう! 出力、あ、人間風に言えば筋力ですね。筋力は人間を遥かに凌駕しております。このチームの中でもトップクラスの腕力ですよ!」
「女の子にしか見えないが……」
「それがいいと申されるお客様もいらっしゃるので」

背番号2

イフリータです」
 次のは逆にひどく無愛想だった。僅かにウェーブのかかった灰色のロングヘアーで、しかも肌は不健康そうな色をしていた。
 嫌味にならないくらいのグラマーで、ロシアに言ったらこういう女の子が夜の街に立っていそうだ。そこまで化粧は濃くないが。
「無愛想だな」
「それがいいと申されるお客様もいらっしゃるので」
「一体アリスインダストリーってのは何の会社なんだ?」
「おや、ご存知なかったんですか? これらのメイドロボは我が社の一部門の製品ですよ」
「……もういいですか?」
 メイドロボに突っ込まれ、俺はギクリとした。
「あ、ああ。次の奴を呼んでくれ」
「わかりました」

背番号3

「ウランちゃんでーす!」
 今度はまた少女だった。幼すぎるほどに少女だった。天真爛漫な笑顔だった。黒い髪が、頭の両端でピンと跳ねていた。
「大丈夫なのか!」
「大丈夫です。見かけはこうですが出力は人間を遥かに凌駕し……」
「これ、おまえんとこの製品なんだろ? こんなの買う人間がいるのかよ! 何に使うんだよ!」
「それがいいと申されるお客様もいらっしゃるので」
「こたえになってねえ!」

背番号4

 今度もまた少女だった。緑の髪で額を剥き出しにしていた。額には妙な模様が入っていて、その下に気の強そうな顔があった。
 そのメイドロボは黙ったままだった。
「……なんとか言えよ」
「はいロボ!」
 俺は栃村を睨みつけた。栃村の笑顔がひきつっている。
「……ロボ?」
「ええ、この機体は特殊な語尾を実装しておりまして……」
「それももしかして」
「ええ、それがいいと申されるお客様もいらっしゃるので」
「やっぱりなー、はっはっは……なめてんじゃねえぞ!」
 俺は栃村の首に手を伸ばした。
「ぐげーっ! ほらエルザ、次の呼んで次の!」
「はいロボ!」

背番号5

「オルガ、です。よろしくお願いします」
 金髪ロングヘアーのスラブ系の少女(型ロボット)が微笑んでいた。口数少ない、と言うか、しゃべる機能はあんまりよくなさそうだ。
「……だいぶまともじゃん」
「ええ。多段階変型機能を備えていますが、野球では使いません」
「変型機能?」
「元は育児用なんですけどね……」

背番号6

カリンカだよ! 監督さん、よろしく!」
 これもまた金髪スラブ系だったが、肌の色はオルガに比べて若干濃い。それにサイズは一回り小さい。バストサイズもだ。頭の左右上方にツンと尖った金髪のショートカットで、額には逆三角形の金属板が嵌められている。
「……言うこと聞かなさそうだな」
「あー、そんなことないよう」
「ちなみにこの機体はジェネレーターを2台積んだ試作型でして」
「聞いてねえよ」

背番号7

キャティです」
 そう言ったのは、気の弱そうなタレ目の少女(型ロボット)だった。ごく薄い紫のオカッパショートカットで、特に問題は起こしそうにはなかった。
「……」
「……」
「これだけ?」
「ええまあ。問題のある機体ばかりと言う訳ではありませんし。ちなみに観察力はかなりのものですよ」
「スコアブックでも書かせるか?」

背番号8

「くるみですぅ! よろしくお願いしますですぅ!」
 能天気な声を挙げたのは、ピンクの髪のでっかい女だった。でかいと言っても、モデルみたいにバランスが取れていて圧迫感などはない。しかも乳が揺れるほどにでかかった。長い長いピンクの髪をポニーテールにし、にこにこと揺らしている。
「……やっぱり、アホの子?」
「まーその。それがいいと申されるお客様もいらっしゃるので」
「ふううううううううん」

背番号9

「背番号9は欠番です」
「え、なんで?」
「まあ、開発には色々ありまして……」

背番号10

「コスモス、です」
 次に来たのは、薄い青いロングストレートに白い肌、無表情な顔の少女(型ロボット)だった。そいつは自分の名前を言うとそれだけで黙ってしまった。
「……無愛想だな」
「いえいえ、こいつはこう見えても破壊力は最高ランクですよ! その気になれば惑星の一つや二つ」
「そんなものを市販すんなよ!」
「デザイン的にも、綾波プラグスーツカラーリングは完成形の1つだと私自身は……」
「何言ってるのかわかんねーよ!」

背番号11

「サキと申します。監督さま、どうぞよしなに」
「あ、ああ、こりゃどうも」
 絶滅したはずの大和撫子を再現したような、黒髪ショートカットの少女(型ロボット)が頭を下げると、俺もつられてつい頭を下げてしまった。
 サキと名乗ったメイドロボは俺のその様子を見て、クスリと笑った。
「監督って、おかしな方ですね」
 鈴を転がすような笑いに、俺は柄にもなく赤面した。
 サキが次を呼んで来る間に、栃村は俺に釘を刺した。
「今見たように、サキは対人能力の点でかなりの自信作なんですが、それでも問題がありまして」
「どんな?」
「まあその。オーナー、つまり主人に対してよりも、同僚のメイドロボと仲良くなる傾向が見受けられます」
「……?」
「まあ、その、百合と言う奴ですな」

背番号14

「ゼロと申します。よろしくお願いします」
 さっきのコスモスと同じようなカラーリングのショートカットのメイドだった。しかもこいつにはさらに眼鏡がついている。無表情、と言うよりはビジネスライクな無愛想と言う感じだ。
「眼鏡かけてる」
「それがいいと申されるお客様もいらっしゃるので」
「わかったよ。俺には理解できないが」

背番号15

「そ、ソルティです。よろしくお願いします!」
 濃い緑の髪を、独特な形容し難い髪型にまとめた少女が、ペコリと頭を下げた。
「……今、噛んだな」
「噛みました。確かに」
「そういう機能?」
「ええ、噛むことのできる機能をつけてます。人間味の研究の1つですね」
「変な機能だなあ」
「それがいいと申されるお客様もいらっしゃるので」

背番号16
背番号17

茶々丸です」
 背の高い、緑のロングヘアーの少女が自己紹介した。とても優しげで、傷つきやすそうだと思えた。……アンテナヘッドセットとか、関節が球体だったりしなければ、普通の少女で通りそうだ。惜しい!
「これもまた色々とできる機体でして。何より動物に好かれることができるのです」
「そりゃすごいな」
「まあ……性格的におとなしすぎて、この職業に向くかどうかはわかりませんが」
「駄目じゃん。……あ、次呼んできて」
「わかりました。失礼します」
 立ち上がった茶々丸が振り向いた。後頭部にネジ巻きが刺さっていた。
「……ゼンマイ仕掛け?」

背番号18
背番号19
背番号20

「……ドロシー、です」
 燃えるような赤毛をおかっぱにした、無愛想で釣り目の少女だった。
「正確には、ドロシー・ウェインライトと申しまして、姉妹機がいるのですがこれがまた素晴らしい機体でして」
「能書きはいいって。で、何ができるの?」
「一通りはできますが、そうですね。DVDプレイヤーを内蔵しているのがウリでしょうか」
「やっすいウリだなおい!」