第一幕第一場

舞台は暗く、夜であることを示している。
舞台中央に焚き火が燃えている。
舞台右手にスポットライト。高い木と、その木の又に腰掛けてディジィリドゥーを抱えるバッベラーが浮かび上がる。バッベラーはディジィリドゥーを抱きしめ、じっと目をつぶっている。
やがて、舞台左手からスポットライトを浴びながらカッパールが入場。
カッパールは疲労困憊しながら入場し、焚き火の手前で荷物を投げ捨てつつ、大の字に寝転ぶ。場所はちょうど、焚き火をはさんだ反対側になる。
バッベラーはそれをちらっと見るだけで何も言わず、元の姿勢に戻る。
やがて息の整ったカッパールは、体をおこし、バッベラーを見上げる。
カッパール「バッベラー博士、お久しぶりです。カッパールです」
バッベラー「カッパール君かね。また会えて嬉しいよ。久しぶりと言うほど長かったかな」
カッパール「半年は、充分に長いと思います。ええまあ、アメリカ合衆国では、ですが」
バッベラー「そうか、もう半年も経っておったか。……十年経ったような気もするし、三日くらいのような気もするが」
カッパール「博士がアボリジニ出身だとは、ついぞ知りませんでしたよ」
バッベラー「はて、オーストラリア出身だとは聞いてなかったかね?」
カッパール「それは知っていましたが、アフリカ系移民だとばかり思っておりました」
バッベラー「伝聞に頼らず自分で最後の小数点まで確認しなければ、と君は言っていたんじゃなかったかな。確か、マサチューセッツにいた頃から」
カッパール「おっしゃる通りです。実生活のこととなると、妙な倫理観がついて回るようで」
沈黙
バッベラー「……それで? 合衆国の一つや二つ傾かせ得る機密を脳におさめた、若く有望な研究者が、象牙の塔を出てはるばる南の島までやってきた理由は、一体何かね」
カッパール、しばらく黙った末に。
カッパール「それはもう、ご存知でしょう、博士。あなたのやったことですよ」
バッベラー「『伝聞に頼らず自分で最後の小数点まで確認しなければ』ならないんじゃないかな」
カッパール「博士!」
バッベラー「喉は渇いてないか。腹は空いてないか。遠いところをわざわざ自分の足でやってきたんだろう。体中ボロボロのはずだ。それに用が済んだとて、もう日は落ちた。帰るに帰れないだろう。ここなら安心だ。火から離れるなよ。虫避けの木を一緒に焼いているからな。マラリヤは未だに定番の特効薬がないのだから」
カッパール、慌てて火に寄ろうとして熱さに踏みとどまる。
カッパール「帰れないと言う意見には賛成です。むしろ、ここまでたどり着けたことの方が驚きでしたが……」
バッベラー「無謀なことをする。一人で海を越えて島までやってくるとは。途中道に迷ったらどうするつもりだったんだね?」
カッパール「道なんて最初からなかったじゃないですか。それに、それだけのリスクを、冒す価値はありますよ」
バッベラー「それは君の判断ではなかろう。ましてや君の意思でもない」
カッパール、沈黙
バッベラー「君を動かしたのは一体なんだ。名誉か。金銭欲か。知識欲か。国民の義務か」
カッパール「……一番の理由は、国民の義務とさせてください。次に大きいのが、知識欲。これが、僕に言える精一杯です」
バッベラー「私は逃げも隠れもしない。君が茶を飲むくらいはここでこうして待つのは簡単だ。ああ、私の分は要らんよ。食事はさっき済ませたからね」
カッパール「……では、失礼して」
カッパール、リュックの中から色々出し始める。スポットライトはどんどん薄くなり、舞台全体が暗転。