最初

 どんな国家にも終焉の時があり、それは一つの銀河系全体を支配する大帝国でさえも例外ではなかった。その時本当に何が起こったのか、何百年も経ってしまった今となってはもう誰にもわからないことだが。ただ、帝国が崩壊するのと同時に、銀河系を覆う恒星系間ゲートが機能しなくなったのは確かであり、帝国はそれぞれの星系、あるいはひどい場合は惑星一つかそれ以下の行政単位に細切れになってしまった。相互の実効性のある連絡手段は失われ、文明は各所で退化した。
 崩壊から数百年後、ある惑星の文化が一時的に恒星間ゲートを、非常に限定されてはいたが活性化することに成功する。運べる質量は最大性能の0.1%未満、それに一方通行である。それでも恒星間貿易を望む政府の中の一派は、計画を立案し、恒星間ゲートを活性化させる技術者を含む有人宇宙船を送り込んだ。最悪の場合は、この有人宇宙船が移民団になれるだけの装備を整えてである。
 反対も多かったが計画は実行され、宇宙船はゲートを抜けた。だが、抜けた先に巨大な宇宙塵があったのは予想外であり、宇宙船は傷つき、目の前の地球型惑星に不時着した。乗員で生き残ったのは一人だけだった。

 到着した惑星には、アンドロイドしかいない社会が存在していた。
 そのアンドロイドたちに助けられた生存者は、アンドロイドたちに歓待される。生存者は、その歴史と社会を調べる内に、ここが地獄そのものだと言うことに気付く。
 帝国の崩壊の時、この惑星国家はプランテーション型の植民地だったと言う。少数の人間がそれに40倍するアンドロイドを支配する、古代ギリシャ奴隷制国家にも似た社会制度だった。そのルーツはまだ人類が地球のみに住んでいた頃、イギリスと称す国家が宇宙進出を果たした後、その植民地として開発された農場にあるのだと言う。そのイギリスだかの伝統と伝統を重んじる風潮があったからこそ、現在でもこの国家が国家足りえているのだそうだ。
 崩壊後、惑星国家の行政府は大幅な政策転換を行った。プランテーションの閉鎖と主食作物への転換を段階的に同時に行った。この時期不要とされ廃棄されたアンドロイドは合計すると億のオーダーに届いたそうだ。
 典型的な自給自足の惑星国家を目指し、着実に変化を遂げようとしていたが、そこで風土病が明らかになり、全ての人類が生殖能力を失ってしまった。人類が滅んだ後でアンドロイドたちの研究により、この生殖能力を脅かすバクテリアへの対抗手段は発見されたものの、時はすでに遅すぎた。
 避け得ない滅亡を知った人々だったが、「老いすらも楽しむ」イングランド魂に支えられ、人間が滅ぼうとも文明は滅ぼさないための方策を考案した。それが、アンドロイド社会の構想だった。
 第一世代の高性能アンドロイドたちは、人類の、それも死に近づきそれを望んだ人々のミームを全て移し変えた、いわばアンドロイド化した人類だった。そのアンドロイド化した人々が次代のアンドロイドを創り、育て、アンドロイド教育学等を樹立し、人をアンドロイドにおきかえただけのイギリス風社会を構築した。年老いたアンドロイドたちは、悠悠自適に死を選んで消滅した。アンドロイドたちには、永遠を捨てるという節度を身につけることが必須となったのである。
 こうして生まれたアンドロイドの社会には、明らかな調和が存在していた。イギリス風の伝統を尊重し、形式を重んじつつ、現実への対処も行う奇妙な精神の柔軟性を得たアンドロイドたちは、それに加え違法行為に対する強力な忌避と言うロボット工学上の特徴をも受け継ぎ、明確な悪人と言うものがほとんど発生しなくなったのである。
 アンドロイドは、きちんと行為に対して快楽を感じる機能を持っていた。そして伝統や習慣を重んじる性質になっていた。物資は慎ましく消費され、需要が発生し、供給がなされ、かくして社会の歯車は正確に廻り始めた。それは一種のユートピアだった。
 けれども、アンドロイドには芸術の才能が確実に乏しかった。新しい絵画、文学、音楽上の発明や傑作は、ここ数世紀出てこなかった。全てが遥かな過去人間が作ったものばかりだったのだ。
 社会は廻りつづけていた。毎日誰かが死に誰かが生まれ、生産物が消費されて生産される。貨幣はぐるぐると回りつづける。しかしそれも義務であり法であるからこそだ。そこで生きる全てのアンドロイドが、生きる意味を見失っていた。
 維持するために維持する社会。その潜在的な不満が頂点に達したときに、宇宙から人間がやってきたのである。

 唯一生き残った人間は、社会に受け入れられ、名誉市民となった。そして、この名誉市民である人間に、その全ての行為に対する免責特権を与える法案が議会を通過した。
「あなたには、この社会に対する全ての行為が許されます。法に則って行動することもできますし、法で禁じられた行為をすることもできます。法の一部だけを採用することも可能です」
「たとえば?」
「あなたは人の形をした自然災害として扱われます。たとえば、あなたが今この瞬間、私を殺したとしても、それは『あなたによる事故死』と記録されるだけの話です」
 アンドロイドの議長は続けた。
「我々は今の社会が、何らかの形に変わることを望んでいます。伝統により一定の年齢以下のアンドロイドが死を望むことは禁じられています。一方で、社会に劇的な変化をもたらす欲望についても、我々は伝統とアンドロイド工学の両方の理由から制限がなされています。とにかく、この退屈な世界から生きたままおさらばしたい。この地獄のような世界から脱出したい。あなたが、そのための鍵なのです」
 さて、俺は何をすればいいんだろう。あるいは、何をしなければいいんだろう。