容疑者が多すぎる

 部屋で刑事が待っている。トレンチコートを着た時代錯誤な奴。マルボロを吸い、灰を高そうなじゅうたんの上に落とそうとして寸前で思いとどまり、悪態をつきながら懐から携帯灰皿を取り出して半分以上残っているマルボロを突っ込む。
 ちらとドアに目を遣り、来るはずの人間めがけて視線で呪いを送る。途端に、ドアが開いた。
「……遅かったな」
「遅い? これでか? 仕事が終わって家に帰って風呂に入って寝酒をあおってベッドに入ったところで呼び出されて直接現場に連れてかれてそのまま朝が明けるまで現場検証をやってたプロファイラーがやったにしては、とても超特急の仕上がりだと思いますけどねえ、個人的には!」
「悪かった。早く犯人のプロファイルを教えてくれ。そしたらもう帰って寝ていいから」
 あまり悪びれた様子もない刑事について何かこれまた悪態をつきながら、徹夜で研究した後みたいな白衣の男は、持ってきたクリップボードをパラパラとめくった。
「死因とかは検死官の方に聞いてくれ。俺は犯人のプロファイルが専門分野だからな。――知能の高い白人で、50才を超えている。性格は慎重だが行動力がある。社会の一線からは退いた成功者で、クリスチャンで、正義感が強い。法律と犯罪と医学知識に詳しく、既婚で、裕福だ。少々孤独を愛する癖がある。被害者とは知人以上。そんなところかな」
 刑事は浮かない顔をした。どうしてそこまで判るのか、などとは聞き返さない。自分は刑事であり、プロファイラーではないのだし、今まで目の前のプロファイラーが間違っていたことはないからだ。浮かない顔をしている原因は、そこではない。
 口を開かない刑事に、逆にプロファイラーがたずねた。
「……どうしたんだ。被害者の交友関係を調べて、該当する人物をピックアップし、その人物のアリバイを調べればかなり絞れるだろう? いつもやってるとおりで充分じゃないのか?」
「まあ、説明しなかったから、アンタがそういう風に思っても仕方ないがな……」
「なんだ。何が問題なんだ?」
「ところで、アンタの見立てでは被害者はどんなプロファイルを?」
「被害者の? 珍しいことを聞くな。白人で50才以上、クリスチャンで裕福で……あ、これは犯人と同じプロファイルじゃないか。まさか自殺? それはないだろう」
「ああ、自殺じゃない。現場を見ればすぐにわかる。他殺に偽装した自殺の可能性も検死官が潰してくれた。だから自殺じゃない」
「じゃあ」
「自殺だったらよかったな、と思ったんだよ」
 プロファイラーは首を傾げたが、すぐに何かを思いついて、今度は刑事をにらみつけた。
「まさかおまえさん、容疑者の地位が高いから締め上げるのをためらってるのか?」
「そんな訳ねえよ。必要だったら大統領だって締め上げてみせらあ」
「まあ、お前さんの美点はそこだけだな。欠点でもあるが、権威って奴が通じない馬鹿って点だ」
「けなしてんのか? まあいい。問題はな、容疑者が多すぎるって点だ」
 刑事は懐から再びマルボロを出して火を点けた。
「もったいぶるなよ。説明しろよ。それとも言えない規則か?」
「説明するよ。というか、どう話したらいいのかわからなくてな」
 結局、刑事はまたすぐにマルボロをもみ消した。溜息と一緒に煙を吐き出す。
「……昨日からこの建物は、ある個人団体によって貸しきられていた。この個人団体は警察関係OB有志ばかりが集まってできたものだ」
「……待て、警察関係OB?」
「そうだ。警官、検死官、医者、弁護士、検事、そんな連中だ。全員がかつて警察を中心に働いていたことがある。このサークルの入会条件は円満な退職をしたことで、人種的な制約はないが、結果的に全員白人になっている。非白人で円満な退職をしたものがいないことはないが、こんな白人ばかりの会に入りたがるとは思えない。実を言えば、ほとんどのメンバーがお前の言ったプロファイルに当てはまるんだ」
「……」
 プロファイラーは言葉がない。そうとも。こんな状況で何が言える。
「被害者が殺されたのは、昨晩のことだ。みんな一匹狼の気質で、その時間、お互いにアリバイを証明することができない」
「……何人いたんだ?」
「被害者含め2ダース。それだけの同じプロファイルを持つ人間が、ひとつ屋根の下でお互いにお互いを監視していない状況だったんだ」
 プロファイラーは信じられないとつぶやいて首を振った。
「何が信じられないんだ? 色々考え付くが、まあ突っ込むのはやめておこう」
「じゃあ、犯人はその、残りの23人の中にいると?」
「そういう見方で初動捜査をするべきだろうな……」
 23人を締め上げる、それも自分たちの先輩とも言うべき人間たちをだ。権威には反骨精神を見せる刑事だが、一から教えてくれた先輩たちを相手にするとなると、どうしても舌鋒が鈍るかも知れない。むしろ労わられながら取り調べをすることになるかも。なんだそれは。そんなものが取り調べなどと呼べるのか。
「頭が痛いよ……」
 プロファイルとは、犯人を特定するためのものだ。だがしかし今回に限っては、その役目を果たすのは難しいことのようだった。
「……もうちょっと調べてみるよ。何か新しい条件が見つかるかも知れない」
「そうしてくれると助かる。ありがとう」

プロファイルは面白い捜査方法だと思う。なので、それの裏をかけるようなシチュエーションを考えてみました。